◆約束 36



2022.12.18
翌日、俺はまずはじめに牧野の両親を病室に呼び、
牧野夫妻がつくしを育てている過去のいきさつについて訊ねた。
牧野の母親はためらうことなく、さらっと12年前のことを話し始めた。
マ「12年前のあの日、思いがけず臨時収入が入った私たちはレンタカーを借りて、
あの川にドライブに来ていたの。
それで偶然岸に倒れているつくしを発見して・・・
周りに人気も全くなく・・・ 周囲も探したけれど親御さんも見当たらなくて、
・・・・小さいつくしの体がびしょびしょに濡れててとても冷たく、あちらこちらケガをしてたから・・・
あまりに可哀そうで、放って置けなくて家に連れて帰り手当てをしてあげたの。
体に傷はあったものの大きな外傷がなかったし、
面倒くさい事にも巻き込まれたくなかったから病院には連れて行かなかったわ。
家で寝かせていたら、2日後に目を覚ましたから、家に連れて行ってあげようと、
いろいろ質問してみたけど、なにを聞いても『ちらない』しか言わなくて・・・
名前も歳も住所も何も分からない状態で・・・もしかしてこの子記憶を失くしているのかも?って思ったわ。
うちテレビも新聞もないでしょ。だから世間のことには疎くて、もしあの時騒ぎになっていたとしても気づかなかったわ・・・
つくし、私たちに愛らしい顔で笑いかけてくるの、人懐っこい性格で、
そのうちだんだん愛着も湧いて来ちゃって・・・
私たち子供に恵まれなかったし、手の掛からない育てやすい子だったから、
・・・そのままつくしを育てることにしたの。
ずっと家から出さずに居たんだけど・・・この子凄く頭のいい子でね。
何も教えてないのに計算もひらがなも漢字迄書けて一体何歳だろう?学校行かせてやりたいって思ったんだけど、なにせ戸籍が無いから、学校には行かせられなくて・・・」
罪悪感があるのか?俺の顔色を伺うよう牧野の母親が俺を見てきた。
マ「し、しょうがないでしょ・・・ そんな子供日本にどれだけいると思ってるの?
日本は豊かな国だと思ってるかもしれないけど、裕福なのは富裕層だけ、私たち貧困層の人間は生きていく為に子供を犠牲にすることもやむを得ないことなのよ。綺麗事では生きていけない世界なの。
でも・・・まぁ、その、それが、思わぬことで戸籍が手に入ってね・・・。」
目が泳よぎ、落ち着きが無くなる。
マ「まぁ、それでつくしを学校に通わせることができたの。」
司「思わぬ事ってなんだ?」
俺は牧野の母親をじっと見据えた。
マ「・・・・それをあなたに話さなければいけない義務はあるの?
大体いきなり呼び出されて・・・その高圧的な態度はなに?・・・私たち人助けしたのよ。
あの時私たちがつくしを助けなければあの子は死んでいたわ。
その上あんな立派な子に育てあげたのに、感謝されても文句を言われる筋合いはないわ。」
触れてほしくないワードに触れたのか?いきなり逆切れしだした。
まあ、いい・・・きっとロクでもない事だろう・・・
司「・・・・・別に義務はない。」
白鳥遥が牧野になった経緯は大体分かった。
確かにこの親子、初めて見た時から全く似てねぇと思ってたんだ。
顔や体型、性格までまるで違う・・・・なるほど、やっぱり赤の他人だったんだ。
闇金事件のときも可笑しいと思ったんだよなぁ・・・
いくら金に困ってるからって我が子を簡単に差し出すなんてありえねぇよ。
・・・自分の子供じゃねぇから借金の形に娘を売るような行為ができたんだ。
育てたっていったって、結局は放置状態で勝手に大きくなっただけだろ。
10歳ぐらいからはバイト漬けにしやがって・・・子供というよりは金を稼ぐ道具と化してたじゃねぇかぁ~
今となっては牧野が二人を養ってるだろ。
牧野がこのまま牧野家にいる事は決して幸せなことじゃねぇ。
*
牧野夫妻が帰って数時間後、白鳥夫妻が病室へやって来た。
父「司君体調はどうだね。」
司「はい、順調に回復してます。」
父「今回もまた司君に助けられたね。遥の事を守ってくれてありがとう。」
白鳥夫妻は揃って頭を下げる。
司「頭をあげてください。俺は俺の守るべきものを守っただけです。」
俺は白鳥夫妻に牧野について知り得た情報を伝えようとしたが、
白鳥夫妻も独自のルートで牧野家の事などすべてを調べて上げていた。
白鳥のおばさんは遥が本物の遥でないことに、始めから気づいていたらしい・・・
でも、遥を失った事実を受け止める事ができなくて・・・たとえ偽物の遥でも、
遥として自分の傍にいてくれればそれでよかったそうだ。
そうやって自分の精神を保っていたのかもしれない。
おじさんとおばさんもあの事故の被害者だった・・・傷つき、様々なものに蓋をしてきたんだ。
2人は俺が意識を失っている間に牧野の自宅を訪れ、牧野夫妻と4人で直接話し合ったそうだ。
白鳥で再度調べたDNA鑑定書を牧野夫妻に見せ、遥が牧野になったいきさつをすべて聞い、
白鳥夫妻もまた今までの事情をすべて話した。
そしてこれからは白鳥遥としてつくしを育てていきたいと頭を下げ、今まで育ててくれた御礼としてそれ相応の額を置いて来たそうだ。
牧野夫妻は二つ返事でそれを承諾し、つくしを白鳥遥として認め、誓約書に署名捺印を押したそうだ。
生みの親より育ての親なんていうが、牧野夫妻はそもそもつくしを育ててねぇし、
やっぱり白鳥に帰るのが一番しっくり収まるが・・・・
本人の何も知らねぇ所で大きな事柄が勝手に動いているのが気に食わねぇ・・・
事故が始まりだとはいえ、1か月後には捜索も打ち切り、別人が遥になり、
自分の存在をこの世から抹消された。
その後たまたま拾われた、牧野家に金を稼ぐ道具としてこき使われ、
青春を謳歌することなく夜の世界へ売られるそうになった・・・・
それなのに牧野が本物の遥だと判明した途端、本人そっちのけで、勝手に契約が交わされる・・・
どうにも遣る瀬無い思いに駆られる・・・・・
牧野の立場に立って考えてみても、実にやりきれないところだ。
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